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佐々木敦の批評ブログ
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2007年 07月 07日

日誌

・施川ユウキ『サナギさん』4巻。ほんわか、だけど相変わらず極めて哲学的。コラムやあとがきの文章もすごく面白い。誰かこの人に小説を書かせてみては?。
・イーストワークスがやっと送ってくれて、大変遅ればせながら大蔵雅彦率いるGNUのニュー・アルバム『EVENT』を聴く。素晴らしい。菊地方向とも今堀方向とも吉田方向ともまた違った、バンド・アンサンブルにおけるリズム構造の果てなき実験の最前線。いつだったかGNUのライヴを観た直後、興奮してステージに駆け上がり、大蔵君にいきなり「ウチでCD作らない?」と直談判して「もうEWEで決まってます」と即答されてから(笑)もう大分経ったけど、待った甲斐のある力作だと思います。日誌_f0024250_13241449.jpg
・倉地久美夫『スーパーちとせ』。独創的とはこういう音楽のことを謂うんだよ。
・渋谷アップリンクファクトリーにて、吉田アミの初単著である『サマースプリング』発刊記念ライヴ&トークショー。満員。素敵な表紙イラストを描かれているタナカカツキさんとは初対面。およそ100分という長丁場だったが、サマスプの舞台である1989年の想い出話から始まって、地方(アミと僕は名古屋、カツキさんは京都)と東京の文化的格差の話や、カツキさんの表紙絵苦労話、そして本題(?)であるサマスプのテーマや内容について、小説を書くということについて、アミの未来への野望、などなど、バラエティに富んだ話題で、予定の時間をほぼ完璧な配分で消化する。僕はまあ、吉田アミ嬢が上京なされた直後あたりに知り合った長年の知己ということでお呼びがかかったのだと思いますが、やっぱりいちおうそれなりにちゃんと『サマースプリング』という作品についても話したい、そりゃあもちろん話すべきでしょう、とか思っていて、途中何度かちょっとツッコミかけてはみたのだけれど、なんとなく、もしかしてこういう方向の話って、今ココに来ているお客さんの大半はあんまし興味ないのかもしんない、というか、客席の全員がはてな系アミファンとバカドリルファンなのではないか、という奇怪な被害妄想が生じそうになり(これは僕としては非常に珍しいことなのだが)、イマイチ作品論の奥まで踏み込めなかったような気も。まあ、まだ読んでない人も多いだろうからね。
・アミちゃんと話すといつも思うことは、二人の、というか、二重の吉田アミがいる、というようなことだ。何というか、我を忘れて必死で走っているアミと、遠くからそれを佇んでじっと見ているアミがいるのだ。一個の「機械」となって「声=音」を発しているアミと、その姿を観察しているアミ。どっかのブログとかに書かれていた勝手な事柄について誰に頼まれたわけでもないのに膨大なエントリで反論しまくってるアミと、その空しさとバカバカしさと、その現実的なエフェクトを客観的に分析出来ているアミ。そして自らの忌むべき「過去=私性」を無防備とさえ思えるほどの赤裸裸な言葉で綴ってみせるアミと、それを冷静に淡々と読んでいるアミ。この類い稀れな二極のバランス感(アンバランス感?)こそが吉田アミなのだと思う。
・ともかくも、アミちゃん、一冊目おめでとう!!!。今後も期待しています。
・そのまま発刊記念パーティー。会場には予想どおり名だたる版元の方々が。トークでは話題にしなかったけど、今日の為にアミちゃんがばるぼら氏から入手したという1989年刊行の「フールズメイト」の、なんと僕が25歳の時の文章を見せられ、もちろん自分では持っておらず(僕は昔の原稿の殆どは散逸してしまっている)、それどころか書いたことをまるっきり覚えていなかったので大層驚く。あんまり懐かしかったのでコピーしてもらいました。さすがに今から18歳も(!)若いと至る所で青臭く思わず赤面ではありますが、しかし本質(?)はこの頃から現在まで全然変わってない。たとえばね、

“ポップ”とは非常に恣意的な概念であって、それぞれの聴き手のその時その場一回限りの“音”との幸福な出会いの内にのみ生起するものなのだ。提案しよう。“ポップ”を一種の解読されざる暗号として考える事、或いは呪文のようなものとして。僕にとっての“ポップ”とは、それ自体が「ポップとは何か?」という問い掛けになっているような、そういう音楽の事だ。「THIS IS POP?」と挑戦的な微笑を浮かべ謎をかけてくるような音たち……

とか、

可能な限りポップの領域を押し拡げよう。およそありとあらゆる音楽を“ポップ”として捉える事が現在の急務だ。それぞれの音の差異を相矛盾するものとして論じるのではなく、そのズレそのものをポップに楽しむ事……ポップ的理性?!

とか笑。
by ATSAS | 2007-07-07 23:10 | DAYS
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