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2007年 04月 29日
タウン・アンド・カントリー 『タウン・アンド・カントリー』
本作は、1998年にリリースされたタウン・アンド・カントリーのファースト・アルバムの再発盤である。周知のように彼らはこの後、スリル・ジョッキーと契約を結び、コンスタントに作品を発表していくことになるのだが、このデビュー作だけはリリース元がボックスメディアという個人運営に近い超マイナー・レーベルであった為、長らく入手し難い状態が続いていた。この度、バンド結成十周年/リリース十年を記念して、アメリカはエイプスタージュ、そしてここ日本ではヘッズから、彼らの最初期のライヴ音源のボーナス・トラックを加え、リマスタリングを施されてリ・リリースされる運びとなった。もちろん国内盤が出るのは初めてのことである。 当時を思い起こしてみると、たとえばジム・オルークにとっては、それ以前のノイズ・エクスペリメンタル/フリー・インプロヴァイズド・ミュージック/エレクトロ・アコースティックな作風から、いわゆるアメリカーナへと大きくシフトしたアルバム『バッド・タイミング』を発表したのが1997年、また、デイヴィッド・グラブスとのデュオ・プロジェクトだったガスター・デル・ソルの、結果的にラスト・アルバムとなった『カムフルーア』をリリースしたのが1998年であった。 あるいはトータスにとっては、あの『TNT』を世に問うた年が1998年だった。いずれも、かつて「ポスト・ロック」と呼ばれたムーヴメント(という妙に曖昧な書き方をしなくてはならないのは、今や「ポスト・ロック」という言葉は完全に本来の意味/意義を阻喪して形骸化してしまっているからだ)を語る上では欠くことの出来ない、正真正銘の傑作であることは言を俟たない。そして、このタウン・アンド・カントリーの第一作もまた、これらと並び称されるべき歴史的な名作である。もしも彼らがこの最初のアルバムだけを残して解散してしまっていたとしても、間違いなく後世に名を残していたことだろう。 これは以前にもどこかで書いたかもしれないが、そもそも筆者は当時、このバンドの存在を、まずジム・オルークから、次いでジョン・マッケンタイアから聞いたのだった。昨年あたりからシカゴで精力的にライヴを始めている、コントラバス×2にギターにハーモニウムという一寸変わった編成のアコースティックなカルテットがあって、まるでモートン・フェルドマンとトニー・コンラッドとジョン・フェイヒイとシャルルマーニュ・パレスタインとが合奏しているみたいな、素晴らしい演奏をするんだ、と。とりわけオルークはこの新バンドのスポークスマンよろしく、一時は至るところでその名前を出していたように記憶しているが、逆から見ると、タウン・アンド・カントリーの方もジム・オルークから大きな影響を受けていたのではないかとも思われる。『バッド・タイミング』は基本的にフェイヒイ的なギター・アルバムであったわけだが、1997年にオルークが発表した全1曲のアルバム『ハッピー・デイズ』は、本人曰くトニー・コンラッドとデレク・ベイリーの合体を目指したというミニマル作品であったし、『カムフルーア』の前作に当たる1996年発表のガストル・デル・ソルのアルバム『Upgrade & Afterlife』のラストでは、トニー・コンラッドをゲストに迎えてフェイヒイの「Dry Bones in the Valley」をカヴァーしていた。反復と持続、フレージングの繰り返しとひたすら引き延ばされてゆくドローンとを両極の核とするミニマル・ミュージックの形式性を、いかにしてアップデイトするか、というのが、その頃のジム・オルークの問題設定だったとすると、タウン・アンド・カントリーはその問いにひとつの鮮やかな答えを提出してみせたとも考えられるからだ。本作の、たとえば二曲目「クロッシングズ」を聴いて、ジム・オルークが感嘆したであろうことは想像に難くない。 ところで、十年という決して短くはない時間を経て、このアルバムをあらためて聴いてみて、あれからもう十年が経過したのか、という驚きと、あの当時の記憶を揺さぶられる些かのノスタルジーとともに、ここに収められた楽曲/演奏の、まったく摩耗することのない深い味わいに、静かな感動を覚えた。それはあからさまな興奮とはまったく異なる、いたって静かで落ち着いたものではあるのだが、しかし同時にそれはどこか戦慄にも似ていて、じっと耳を澄まし続けていると、心の奥底からゆっくりと何かが溢れ出してくるような、スローモーションで躯中に仄かな震えが走ってゆくような、得も言われぬ感慨を催す。そしてもしかしたら、十年前の自分は、この作品をほとんどまるで聴けてはいなかったのではないか、という疑いが頭をもたげてくるのだ。むしろ現在の方がずっと、この音たちに、この音楽に対して、よほど精確に対峙し得ているのではないか。それは成熟ではなくて、ことによると老いと呼ばれるものであるのかもしれないが、それでもここにこうして、新しい、若い聴き手に向けて、このアルバムをふたたび送り出すことが出来るのを、非常に嬉しく思う。タイムレスな作品というものは存在しない。むしろあるべきは、それを創り出した、それを奏でた者たち、そして、それと出会った、それを聴いた者たちと一緒に、ちゃんと年を取っていく作品なのだと、いま私は思っている。そしてこのアルバムは、そんな作品である。 http://www.faderbyheadz.com/release/headz93.html ![]()
by ATSAS
| 2007-04-29 14:07
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